『エロスの科学』第3回:「東洋エロス」の自由と想像力

「東のエロ」を紐解く

「エロい」ものがとかく規制されがちな今日このごろ。でも、そもそも「エロス」とは何でしょう? 実は私たちは、「エロス」について知っているようで知らないことが多いのでは?……そんな疑問から始まった、「エロス」について学び、紐解いてゆく連載。
前回はキリスト教やギリシャ・ローマ世界など、西洋の宗教や芸術が「エロス」に及ぼした影響を解説していくというキーポイントとなる回でした。では今回は、我らが日本も含む「東洋」ではどうなの!? というのをテーマにしたいと思います。講師は漫画評論家にして表現規制問題やいわゆる「エロマンガ」にも造詣が深い永山薫氏です。

永山 薫(ながやま・かおる)
1954年生まれ。近畿大学卒。ミニコミ誌『マンガ論争』編集長。批評家、編集者、文筆家。主著『増補エロマンガ・スタディーズ』(ちくま文庫)は英語版、中国語(繁体字)版が発行されている。他の著書、共著、未刊の評論等は本名の福本義裕名義を含めて検索を。


世界遺産にとんでもないお寺が…

――先生、今回もよろしくお願いします。前回は西洋美術と宗教の歴史&関係性について解説していただいたことで、なぜ裸が「タブー」となっていったのかがなんとなくわかりました。では、日本やアジアの宗教ではどうだったんでしょうね?

とりあえず、これを見てください。

Photo:Balajijagadesh/2012/CC BY-SA 3.0

――おっとー! いきなりこれは、どう見ても……。
失礼なことを言ってはいけませんよ! この像はチベット密教の創始者「パドマサンバヴァ」をモデルにしたと言われる「Yab-Yum(父母像)」という大変ありがたい仏像なんですから。さらに、ありがたいのが、この像です。

Photo:Ismoon/2011/CC BY-SA 2.5

――あの、モザイクとか入れなくていいんでしょうかこの画像。若干掲載できるかどうか微妙なラインな気がします。

こらこら、れっきとした世界遺産にその言い方はないでしょう。

――世界遺産!?

正確に言うと、インドにある世界遺産「カジュラホー寺院群」にあるヒンドゥー教のお寺、カンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院のレリーフですね。

――……本当に世界遺産だった。しかし、さすがに稀少物件なのでは?

とんでもない。インドではこういう、ありがたい像がそこらじゅうにあるんですよ。あちこちの寺院で見ることができます。

――インド、随分フリーダムなんですね……。

いえいえ、インドは基本的に性表現に厳しいお国柄なんです。一方、宗教に関してはフリーダム。アジアの宗教は、大体がインドの宗教です。仏教もそうですしね。

――インドだと、基本はヒンドゥー教徒が多いんでしたっけ?

古代のバラモン教から発展したヒンドゥー教は、ざっくり言うと多神教です。色んな神様がいて、それぞれに信者がいます。バラモン教のアンチとして生まれた仏教もそうですよね。色んな仏様がいて、宗派が細かく分かれているけど全体として仏教みたいな。

――なるほど。ヒンドゥー教ってそうなんですね。

ヒンドゥー教と、インド仏教から派生したチベット密教は共通項があり、それが日本の仏教にもつながっていきます。例えば日本の七福神の大黒様ですが、元はヒンドゥー教のシヴァ神なんですね。日本では打ち出の小槌みたいなのを持った福の神。インドじゃシヴァ神の憤怒の化身。何故、こんなことになったのかというと……。

――すいません! 話が長くなりそうなので、エロスの話に戻していただきたいんですけど。

インド、東洋の宗教は歴史も長くて複雑怪奇なので、説明が大変なんですよ。ま、興味を持った人はそれぞれ深掘りしていただくとして……。


「愛の経典」カーマスートラとタントラ密教

Photo:Airunp/2005/CC BY-SA 2.5

これも前述のカジュラホー寺院群にあるレリーフのひとつですが、これらのありがたい像のベースになっているのがバラモン教の「カーマスートラ」、直訳すると「愛の経典」の教えです。

――“愛の”経典ですか?

古代インドでは「カーマ」、つまり「性愛」が人生の大テーマのひとつだったんですよ。カーマスートラでは愛を語り、八十八の体位を解説し、3Pもオーラルセックスもアブノーマルとされる性も語っちゃう! 誘惑の仕方も高級娼婦の心得も教える。

――もはや『HOW TO SEX』……って、このたとえもそろそろ通じなくなってきますね。
※編集注:1971年に医学博士の奈良林祥氏によって著され、累計250万部を超える大ベストセラーとなった伝説の性指南本

ポルノムービーのネタにもなってますしね。カーマスートラとは別にタントリズム、「タントラ密教」というセックスを重要視する流れがあって、ヒンドゥー教にも仏教にも、さらには現代のスピリュチュアリズムやカルト宗教にも影響を与えています。

――カルト宗教……危なくないですか?

なので深追いはしません(笑)。ただ根本にあるのは男女の和合……つまり「気持ちいいセックス」が大事で、陰陽が合体してミクロコスモスが完成し、マクロコスモスと一体化するという世界観ですね。これがヒンドゥー教だとリンガ(男性器)と、ヨニ(女性器)として象徴化されます。

Photo:Anandajoti/2018/CC BY 2.0

棒が「リンガ」、実はこれ破壊と創造の神シヴァの象徴でもあるんです。台座は女性器「ヨニ」です。このセットで男女の和合を表現しているんですが、おちんちん像って日本にもありますよね。

――え、この何かの台座っぽいのが象徴なんですか? 抽象表現にもほどがありますが、それを表してると思うとたしかにエロい、エロいけど……うーん。

ちなみにシヴァ神と奥さんの女神・パールヴァティを今風に描くとこんな感じですね。

Photo:Baddu676/2018/CC BY-SA 3.0

――仲良しカップルじゃないですか! 振れ幅がすごすぎるというか、もう日本とは尺度が違いすぎますね。

そのものズバリがお寺にあって、さらに抽象化して、かなまら祭みたいになって、一方ではインド土産でおなじみの絵もあるという。西欧文化が入ってきて油絵も描かれるし、イラスト風の表現も出てくる。時代の流れや文化の流入とともに、インド人の意識も変わっていったのかもしれませんね。

Photo:ARDJain/2018/public domain

こちらは1940年代にバザールで売られていた作者不明のラクシュミー女神。なんかこう……。

――露出度高めで色っぽい!

個人的にはズバリな表現よりも、こういう「表情やポーズや衣装はセクシーだけどブラはしてます」的表現の方がエロい!
――個人的な性癖を訴えられても(笑)。


日本エロスの源流へ

――これまで紹介していただいた、インドの宗教に描かれた「エロス」はなんとなくわかりました。でも、日本の宗教における「エロス」はどうなんでしょうね? 神社仏閣に参詣しても、あまりエロスって感じないんですけど。

古事記を読むと完全に多神教で、セックスや排泄といった生理直撃ネタがけっこうありますが、神道アートは基本的に抽象化されていますね。仏教もそのあたりは地味です。

――どうしてでしょう? これまでの話の流れでいうと、神道も仏教も多神教ですし、多神教=フリーダムというイメージがあります。

そうなんですよ、そこが日本の謎。ただ、西洋文化が入ってくる前の日本人の「エロス」に関する美意識は、今とはかなり違っていたはずです。僕らの美意識は西欧風に上書きされちゃっているので、江戸時代以前とは同じ仏像や仏画を見ても見え方が違う。「どこがエロいの?」と思ってしまうんですよ。一説には洋の東西を問わず聖なる表象は「禁欲を強いられた聖職者のポルノ」という見方もあったりします。

――えーっ! 怒られませんかその説。

特に立ち姿の仏像って腰を捻っていたり、両性具有的だったりして、そういう目で見るとそうなのかなとふんわり感じたりもします。

――そう言われてみると、例えば興福寺の阿修羅像とか、色っぽいといえば色っぽい。

Photo:BetacommandBot/2008/パブリックドメイン

少年のようでもあり、少女のようでもあり、華奢で両性具有的なエロスがありますもんね。ただ、あまり公開されていない仏像にはそのものズバリのものがあります。ちょっとこれを見てください。

出典:Wikipedia

――象さんがハグしている絵がでてきました。
高野山真別所円通寺に伝わる歓喜天(かんぎてん)の仏画です。実はこれはおとなしい方で、象さんが別の象さんと向き合って膝の上でだっこしている形のものもあるわけです。要は最初に見せたチベット密教のYab-Yum像の象さんバージョン、つまり男女和合の姿です。人間の姿で表現されている歓喜仏もあるのですが、堂々と公開せずに「秘仏」として封印しているお寺さんも多いらしい。

――秘仏って響きからして、なんかエロいですね。

何十年かに一度だけご開帳して信者に見せる。性的じゃない秘仏ももちろん多いんですけど、「秘仏ご開帳」と聞くと心がザワつく(笑)。

――怒られますよ! しかし、象の神様ってインドのガネーシャですよね、確か商売の神様だったと思いますが。

そうそう。さっきのシヴァ神とパールヴァティ女神のお子さんです。

――そんなガネーシャがどうして男女和合の歓喜仏になったんですか?

謎です! 真言宗の解説では、要するに歓喜王という悪い王様を観音様が美女に変身して「私に触りたかったら、仏教を保護すると約束なさい」と誘惑し、王様が「保護します保護します。触らせてください」と抱き合ったというストーリーなんですが……なんで二人とも象頭なのか? というのは謎。

ガネーシャ

――なんかいろんな仏様と信仰が混ざりあってそうですね。わけがわかりませんが、それが東洋、と。

そうなんですよ。日本を含む東洋の宗教って、ローカル民間宗教とも混じり合って複雑怪奇。そこに西洋のキリスト教倫理とか近代的思想が入ってきて「これを堂々と表に出していると野蛮だと思われる」って隠したりしたもんだから、余計にわけが解らなくなった側面もあります。

――様々な多神教のレイヤーの上に、キリスト教倫理的な一神教のレイヤーがかぶさっているみたいな。確かにこれはわかりにくい…。

今回はかなり強引に解説しましたが、東洋の宗教とエロスのほんの「入口」ですから。興味のある人は個人でぜひ深掘りしちゃってください。

 

▶「エロスの科学」いままでの研究一覧

談・永山薫 Twitter:@Kaworu911  HP:manronweb.com 取材:ケムール・エロス取材班

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