今回は社会派で参りましょう
「エロい」ものがとかく規制されがちな今日このごろ。でも、そもそも「エロス」とは何でしょう? 実は私たちは、「エロス」について知っているようで知らないことが多いのでは?……そんな疑問から始まった、「エロス」について学び、紐解いてゆく連載。
前回は「制服」の「エロさ」について考察しましたが、今回のテーマは「法律」です。あれ、なんだか難しそう?……そんな風に思いはするけれど、実は何で「ダメ」なのかよく知らない人も多いのではと思うのです。この機会にわかりやすく学んでしまいましょう! 講師はいつものように、漫画評論家にして表現規制問題やいわゆる「エロマンガ」にも造詣が深い永山薫氏です。
永山 薫(ながやま・かおる)
1954年生まれ。近畿大学卒。ミニコミ誌『マンガ論争』編集長。批評家、編集者、文筆家。主著『増補エロマンガ・スタディーズ』(ちくま文庫)は英語版、中国語(繁体字)版が発行されている。他の著書、共著、未刊の評論等は本名の福本義裕名義を含めて検索を。
ーー2022年5月の話ですが、ビニール本、通称「ビニ本」を販売したとして古書店チェーン「まんだらけ」の男性社長らが書類送検されるというニュースが飛び込んできました。まさか令和の時代にニュースで「ビニ本」という言葉を目にするとは思わなかったのですが(笑)、そういえばそもそも「ビニ本ってなに?」という人も多いのかもしれませんね。かくいう自分も、よくわかっていないかもしれません。
1970年代後半、アダルトショップでビニール・パッケージしたヌード写真集を売っていたんですね。これが通称〝ビニール本〟です。一般書店では扱わない商品で、ギリギリ攻めてるけど無修正丸見えではありません。
図版①ビニ本
ーーそうか、ビニ本って「無修正」ではないんですね?
「最小限の修正でどこまで見せるか」で勝負していたわけですよ。ヘアヌード解禁前の時代ですから、アンダーヘアを剃って、局部の局部のみ修正したり、薄い布を被せて「ちょっと透けてるけど丸見えではないです」みたいな(笑)。
ーー基本的なことを確認したいのですが、一般的に流通している書籍にしても雑誌にしても、「性器が見えるとアウト」なんですよね? このビニ本の場合、修正していない本っていうのもあったんですか?
ありました。1980年前後だと記憶しているんですが、ビニール袋じゃなくて茶封筒に入れた無修正ハードコア〝茶封筒本〟が登場します。これが後に〝裏本〟と呼ばれるようになりました。
ーー裏本がアウトなのはわかるんですけど、ビニ本はどうだったんですか?
違法じゃないけど、当局が「これって見えちゃってるよねえ」と判断したらアウト。大抵はすぐに罪を認めて「ごめんなさい」しちゃうので記録に残りにくいんですが、なんと最高裁まで戦った例がありますよ。1979年摘発、1983年に有罪が確定したビニール本事件がそれです。
ーーなるほど。でも今回のって、当時ビニ本として世に出ていたものの「古本」なんですよね? 当時はひっそりとはいえ売られていて、今になって古本として扱ったことで摘発と。これってよくあることなんでしょうか?
よくあることじゃないのでみんなビックリしたんですよ! ただ厳密にいうと、古本でも「性器が見える」とアウト。今回ダメだったのは、店頭で堂々と販売していたからですね。販売目的所持はアウトなんです。ただ、警察の発表と報道の仕方は問題が会ったなと思います、まるでビニ本全部がアウトみたいな印象を与えるじゃないですか。
ーービニ本は「きわどい」けれども「アウト」ではないものが多かったんですよね。過去にセーフだったものがアウトになってしまうこともあるの、理屈はなんとなくわかりますが、どうも釈然としません。
そこが法律の面白いところで、逆に過去にアウトだったものがセーフになることもありますが。
ーーそんなこともあるんですか? 取り締まる「法律」自体は変わってないわけですよね?
法律は変わりませんが、現場の運用が変わるんですね。その歴史をちょっと見てみましょう。
①1901年:黒田清輝『裸体婦人像』腰巻き事件(警告)絵画
②1948年:サンデー娯楽事件(1951年・有罪)雑誌記事
③1951年:チャタレー事件(1957年・有罪)小説
④1959年:悪徳の栄え事件(1969年・有罪)小説
⑤1965年:⿊い雪事件(1969年・無罪)映画初
⑥1972年:四畳半襖の下張事件(1980年・有罪)小説
⑦1972年:⽇活ロマンポルノ事件(1980年・無罪)映画
⑧1976年:愛のコリーダ事件(1979年・無罪)書籍
⑨1978年:エロジェニカ事件(送検)劇画誌11月号
⑩1979年:バイロス画集事件(1980年・起訴猶予)画集
⑪1978年:モペット事件(1984年・有罪)輸入写真誌
⑫1979年:ビニール本事件(1983年・有罪)写真誌
⑬1999年:メイプルソープ事件(2008年・無罪)写真集
⑭2002年:松⽂館事件(2007年・有罪)漫画
⑮2013年:レスリー・キー事件(逮捕・略式起訴)写真
⑯2014年:ろくでなし⼦事件(2020年・有罪、一部無罪)立体造形展示、3Dデータ
⑰2014年:鷹野隆大「これからの写真」展事件(警告)写真
⑱2022年:まんだらけ事件(送検)
ーー……あれっ、意外と少なくないですか?
逮捕や裁判で争われる例の方が珍しいからですよ。で、ひとつずつ解説すると超ロングバージョンになるので、トバします。まず、日本洋画の父、黒田清輝画伯が当局に怒られた原画がこれ。
図版②黒田清輝画「裸体婦人像」1901年 『黒田清輝』(新潮日本美術文庫)
ーーえー。これがアウトだったら美術館にある絵画、かなりダメな気がするんですけど。
それでやむなく絵に布を巻いて展示することになりました。これが世にいう「腰巻き事件」ですね。
図版③腰巻き事件を伝える1921年10月21日付『時事新報』の記事挿絵
これが論争になって、その後は当局が「芸術がわからない野蛮な国みたいに思われると困る」とでも思ったのか、絵画関係は緩くなったようです。
ーー戦前からそういう取り締まりってあったんですね。
明治元年(1868年)から検閲制度が始まり、新聞、雑誌、新聞は許可が下りないと出せなかったんですよ。なのでワイセツなものはそもそも世に出せませんでした。
ーー明治の検閲制度が始まる前はどうだったんですか?
江戸時代は幕府がエロスを取り締まっていました。ただ、明治以降とはワイセツの概念が違ってましたよね。春画やエロ小説はアウトで、絵師や版元が処罰されることもありましたが、けっこう流通していて男女を問わず庶民は楽しんでいたみたいです。初期の浮世絵画家、鈴木春信(1725-1770)も一杯描いています。けっこうおとなしめですが、どんどん過激になります。
図版④鈴木春信『綿摘女』
性器を巨大に描くのが流行ったりして、男も女もゲラゲラ笑いながら楽しんでいました。だから別名〝笑い絵〟、さらに略して〝わ印〟と呼んでいたそうです。さらに斜め上を行ったのが有名なこれです。
図版⑤葛飾北斎『喜能会之故真通』
こういう絵って、嫁入り道具のひとつだったりしたんですよ。
ーー嫁入り道具ですか?
性教育なんてない時代ですから、結婚するとこういうことをするんだよと。
ーーなるほど……でもそういう点からしても、「性」とかいやらしいものに関する考え方って今とはだいぶ違いそうですね。
例えば、江戸時代でも時期と地方によりますが、銭湯は基本混浴でした。
図版⑥M.ハイネ「下田の公衆浴場」(『ペルリ提督日本遠征記』1854)
ペリー提督もびっくりして合衆国政府への報告書にこの絵を入れたわけです。驚いたどころか口を極めて野蛮で恥知らずだと罵っています。裸体観が全く違うんですよ。アメリカは道徳が厳しいプロテスタントが建国した国ですから裸=悪。日本では肉体労働者はフンドシだけ、ひどいのになるとすっぽんぽんでしたからね。女性も上半身くらいならけっこう平気。庭先で行水していた時代ですから裸への抵抗は少なかった。
ーーそれがなんで明治になると、いきなり厳しく取り締まられることになったんでしょう?
欧化政策の一環ですね。欧米に追いつけ、野蛮国だと思われないように、国際社会で対等な存在になろうとしたわけです。なので西欧基準、つまりキリスト教道徳に合わせちゃった。
ーーここでも出ました、キリスト教的道徳!
明治時代(1868-1912)は大英帝国絶頂期のヴィクトリア朝時代(1837-1901)とエドワード朝時代(1901-1910)に重なるんですね。当時のイギリスは産業革命で勃興する資本家と都市に流入する貧困労働者層の超格差社会。市民道徳の強制の裏では児童労働、売春、ポルノが蔓延する超タテマエ社会だったわけです。ポルノ・シーンではアングラ出版のエロ小説と当時の最先端テクノロジーだった写真が大活躍! さすがに載せられないので興味がある方は「ヴィクトリアン・ポルノ」で検索してみてください。
ーーはい、これはさすがにアウトー!! うわっ、百合ものかと思ったら女装男子がこんなことを!(赤面)
当時から腐女子はいた!……かどうは知りませんがゲイポルノやSMポルノも売られていました。小説も花盛り。やたらと女の人のお尻を叩いたりとかね、イギリス人はお尻叩き大好き(笑)。
図版⑧ジャン・ド・ヴィリオの小説『ドリー・モートンの回顧録』(1899年)の挿絵。(パブリックドメイン)
こんな実態を知らないまま、道徳規範を輸入したのが明治初期。明治13(1880)年にはワイセツ条項を含む刑法が制定され、15(1882)年に施行。これが〝旧刑法〟で、現行法の刑法が制定されるのが明治40(1907)年。なんと当時の刑法が一部改正されながらも現代まで続いているんですよ。
図版⑨旧刑法259条と新刑法175条
ーーつまり現代のニュースに流れてくる「取締り」は、もとを正せば明治時代の「欧米諸国に野蛮って思われたくない!」という劣等感をバネにしたイキリだったと言えそうですね。
そうそう。ずーっと、「あからさまなエロスは公序良俗に反するからイケナイ」という精神が続いているわけです。
戦後の取締りの歴史とブレ幅
刑法ができても、明治時代は「新聞条例」などの他の表現規制による適用が多くて、ワイセツ罪の適用はほとんどなかったそうです。
ーー先ほどのクロニクルを見ても、いきなり戦後に飛びますよね。
新憲法で表現の自由が保障されて、検閲が禁止になりましたからね。第二次世界大戦後に進駐軍……米軍を中心とした占領軍の検閲があった時期を除くと、一気にフリーダム!
ーーその分、適用が増えたと。というわけで最初は小説が摘発されていましたが……。
図版⑩伊藤整訳のロレンス『チャタレイ夫人の戀人』
図版⑪澁澤龍彦訳のマルキ・ド・サド『悪徳の栄え』
なぜか普通に文庫本とか電書で読めちゃいますからね。有罪が確定しているんだから今でもアウトのはずなのに、これに関しては適用されません。永井荷風作と言われる明治時代のポルノを雑誌『面白半分』に掲載して摘発された『四畳半襖の下張』も、文体古すぎのまま電書で読めます。いつの間にかテキスト表現はおとがめなしになっちゃってるんですよ。
ーー確かに小説って今はセーフだ! 小説がアウトだったら、渡辺淳一御大の小説も、フランス書院文庫もなかったかもしれないですね。
エロス含有量の高いラノベ、BL小説はイラストと抱き合わせで規制の動きがありましたが刑法175条では適用外。現状として小説はセーフ。じゃあ、次は映画が摘発される時代に……と思ったら、武智鉄二監督の『黒い雪』が無罪、『恋の狩人〜ラブ・ハンター〜』などのにっかつロマンポルノ映画をまとめて4作品に適用したけど無罪……。警察と検察の連敗です。
図版⑫武智鉄二監督作品『黒い雪』スチール写真
図版⑬山口清一郎監督作品『恋の狩人〜ラブ・ハンター〜』ポスター
ーーどうして無罪になったんですか?
『黒い雪』の第二審判決を乱暴にまとめちゃうと「これって確かに〝わいせつ〟なんだけど、被告は映倫の審査が通ったからセーフだと思って上映しちゃったわけですよね。つまり犯罪を犯す意図はなかったということで無罪です」と。
ーーそんなのアリなんですか!?(呆) 映倫の審査に問題が、ってことになりません?
映倫の責任は追及されませんでした。しかも〝わいせつ〟認定された作品なのに、DVD化もされているんですねえ。この『黒い雪』リベンジなのか? ロマンポルノ事件では映倫の審査員まで幇助罪で起訴という展開になりました。これが警察&検察vs.映画界の最終決戦でしたが「映倫は長年の実績があるし、社会的に信頼されているわけだし、映倫の審査を尊重しましょ」という丸投げみたいな判決。
図版⑭大島渚監督作品『愛のコリーダ』ポスター
ーー『阿部定事件』をモチーフにした映画『愛のコリーダ』は、過激な性描写の映画が摘発されたのかと思ったら違うんですね。
大島渚監督の『愛のコリーダ』は、映画ではなく「映画の公式本」を摘発したんですね。これに対し被告側は「そもそも刑法175条が表現の自由を保障した憲法21条じゃないか」と憲法判断を求めました。残念ながら「憲法判断なし」で「ワイセツには当たらない」という判決だったんですね。ここから後は映画やテキストは完全にセーフ扱いで、静止画に適用されはじめます。
ーー静止画、つまり写真や漫画ですね。
漫画では1978年に『漫画エロジェニカ』11月号が摘発されました。これ、同誌編集長だった故・高取英さんやエロ劇画家さんたちが深夜番組『11PM』に出演したのが警察の逆鱗に触れたという話が伝わっています。ちなみに同誌の12月号は超修正版でしたが爆売れしたそうです。焼け太りですね。
図版A:摘発された『漫画エロジェニカ』11月号
ーー高取さんって、劇団「月蝕歌劇団」の代表でしたよね。
そうそう、寺山修司さんのスタッフをやりながら編集者もやっていたというスゴイ方です。翌年には20世紀初期にエロチックなイラストで活躍したフランツ・フォン・バイロスの画集が摘発されていますが、後に起訴猶予になりました。
図版B:『バイロス画集』(奢灞都館)
世間一般にはあまり知られていませんが1984年には出版界を揺るがした「モペット事件」の有罪が最高裁で確定しました。
ーーなんですかモペットって。ちっちゃいスクーター?
同じ名前ですが違います(笑)。1970年代頃、アメリカのヌーディストキャンプを撮影した雑誌がアダルトショップでバンバン売られていたんですね。その中には子どもヌーディスト専門の、今だったら〝児童ポルノ〟に該当しそうな『ヌーデイストモペット』誌など、いわゆる「モペット」があったんですね。当時はヘア解禁前で、「ヘアがあったら性器(生殖器)、ヘアの生えていない子どもの性器は生殖器ではなく泌尿器」という判断で、男女を問わず子どもの性器が写っていてもセーフだったわけです。
ーーそ、そんな時代があったんですね……。今思うとびっくりしますけど、ロリコン天国じゃないですか。
1980年代は少女ヌード、ロリコン写真のブームですからね。幼児性愛者も買っていたかもしれませんが、購買層の中心は「ヘアがなくてもいい、とにかく性器が見られるんだったら子どもでもいい」というおっさんたちです。それが全部アウトになって、その手のグラビア誌が発禁、全滅しちゃいました。その翌年にはビニール本が摘発されるという事件が!
ーーあら、40年前にも摘発されていた!
しかも最高裁まで戦ったんですよ! 有罪になっちゃいましたけど。
ーー次は「メイプルソープ事件」。このあたりは記憶に残っています。
図版⑮ロバート・メイプルソープの写真集『MAPPLETHORPE』
有名な裁判ですね。ただ、ちょっとややこしいんですよ。日本で作って発売中の写真集をアメリカに持って行って、そのまま持ち帰ったら税関で止められたんですね。関税定率法の輸入禁制品(ワイセツ物)に該当するという判断です。そこで「ワイセツ物じゃないだろ。おかしいだろ」と裁判に訴えて無罪になりました。
ーー海外で買ったポルノが空港の税関で没収されたなんて話はたまに聞きますけど、これはこれで別の法律なんですね。
空港で「これはアウト」って言われたら「そうすか」って簡単にあきらめますよね。だからあまり表沙汰になりません。でも今年、2022年の3月に漫画家が〝児童ポルノ〟をドイツから輸入して関税法違反で有罪になった事件のように、厳しい対応が取られることもあります。ただあれも、ドイツでは普通に買えるヌーディスト雑誌だった……という点が少し釈然としないところですが。禁制品は禁制品なので、海外旅行のお土産や海外通販は要注意ですね。
ーーそうか、国によってレギュレーションが違うんですもんね。アフター・コロナで海外旅行するおじさんは気をつけましょう!
次が松文館事件。これ漫画単行本が初めて175条で有罪になった事件なんですよ。
図版⑯ビューティー・ヘア『蜜室』
ーー成人向け漫画が「ワイセツ物」にされた事件ですね。でもこの松文館事件って2002年で、もう20年たっちゃったんですね。そう考えると規制が厳しくなってるのか緩くなってるのか、よくわからないです。
それは「目に見える運用」と「ステルスな運用」があるから。警察が非公式に警告して、警告された側が非公式に引っ込めちゃうケースってのがけっこうあるみたいです。「みたいです」としか言えないのは、記録=証拠が残らないからですね。業界内で口コミで広がりはしますけど、どっちも黙っていたらわかりませんし。例えば「これからの写真」展事件では、鷹野隆大さんという写真家の男性ヌード写真に警察からの警告があったんですが、もし鷹野さんが黙ってたら注目を集めなかったと思います。ところが「じゃあ隠しますよ」と作品の下半分を隠したら「平成の腰巻き事件」としてニュースになりました。
ーーこれ、当時話題になりましたよね。
運用に違いがあるという点では松文館事件もいい例ですよ。高校生の親が元警察官僚の政治家に「倅がこんなけしからんものを読んでいる。なんとかしてくれ」と言ったのが発端です。
図版⑱ろくでなし子事件、一部無罪(写真:永山撮影)
ろくでなし子事件もけっこう謎。女性器を型取りした立体造形が無罪で、一部の支援者に配布した3Dデータが有罪。なんか検察の面子を守ったみたいな印象です。3Dデータを3Dプリンタで出力したって、それだけだとエロくもなんともないのにね。
■フレキシブルでタフな刑法175条
ーー全体的な流れとしてはゆるやかになっているようですが、よくわかりませんね。とりあえず性器が見えたらダメという感じでしょうか?
「性器が見えたらワイセツと判断する」とは条文のどこにも書いていないんですよ。
ーーえっ、そうなんですか? ちょっと待って下さい、これまでの前提が崩れていく。
条文に書いていないことは判例を踏襲するわけですが、様々な裁判を経てワイセツの三要件というのが確立されています。「①徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、②通常人の正常な性的羞恥心を害し、③善良な性的道義観念に反するもの」の3つがそれですね。
ーーえーと、「いたずらに」ってどの程度なのか謎ですし、②の「通常人の正常な性的羞恥心」なんて時代によって変わるじゃないですか。
③は完全に道徳に踏み込んでいますよね。3つとも「どう感じたか?」ですからね。
ーー「芸術かワイセツか」論争とか「ワイセツでどこが悪いんだ」論争とかあったそうですね。どうなっているんですかね?
法的には芸術でもダメなものはダメ! 「でもまあ、芸術性とかでワイセツ度は抑えられるから、その辺は情状の余地がありますよ」みたいなエクスキューズがつく場合もありますね。ただ、そもそも刑法175条には児童ポルノやリベンジポルノのようなケースを除いて被害者がいないんですよ。「不快なものを見せられた」を被害だとすると、ワイセツ表現以外の被害はどうなの? どうしてワイセツだけ特別扱いなの? ってなっちゃいますよ。
ーー摘発する方の警察の人も大変そうですね。
大変ですよ。裁判になると「表現を弾圧するな!」「エビデンスはあるのか!」と大論争がはじまるかもしれません。特にエロスなアートは騒動になりがちです。
ーーどっちも「騒ぎ立てないように」しているという側面もあるわけですね。
大した実害はないし、お互い面倒臭いし、個人的には刑法175条はなくしてもいいと思います。エロスを描きたい、楽しみたいという〝個人法益〟を〝公序良俗〟や〝公共の利益〟といった〝社会法益〟を理由に規制するためには「よほどの現実的問題」が必要です。百歩譲って規制するにしても18禁のゾーニングで十分でしょう。大人に対して「性器を見せるな、見るな」って余計なお世話ですから。まあ、「エロスは野放しにすべきじゃない」という道徳的な考えの人もいますし、警察や検察側にとっては「175条は国家がエロスをコントロールするための最後の砦」なので簡単にはなくせません。しかも、取り締まる側の裁量に委ねられているので時代の風潮に合わせた運用ができるというのもミソ。
ーーというと?
運用が緩くなっていけば、「なくす必要もないよね」って声を抑えられますし、「もっと厳しく!」という声が多くなれば簡単に厳しく運用できるというタフでフレキシビリティな法律なんですよ。ただ、175条がある限り「性器に頼らないエロス表現」が開発されて、多様化することは間違いないでしょう。それはそれで面白いんだけど、規制に反対する立場からは大声では言いにくいですよね。
ーーいや大声で言っちゃってますから!(笑)