今回はもっとも身近な「エロス」
「エロい」ものがとかく規制されがちな今日このごろ。でも、そもそも「エロス」とは何でしょう? 実は私たちは、「エロス」について知っているようで知らないことが多いのでは?……そんな疑問から始まった、「エロス」について学び、紐解いてゆく連載。
前回は「萌え絵」の起源について、エロス視点から考察しました。そして――今回のテーマは「制服」です。昨今の炎上にも絡むことが多い「制服」、でも制服姿ってなんでエロいと思っちゃうんだっけ? どんな歴史があるの? という根本を考察します。講師は漫画評論家にして表現規制問題やいわゆる「エロマンガ」にも造詣が深い永山薫氏です。
永山 薫(ながやま・かおる)
1954年生まれ。近畿大学卒。ミニコミ誌『マンガ論争』編集長。批評家、編集者、文筆家。主著『増補エロマンガ・スタディーズ』(ちくま文庫)は英語版、中国語(繁体字)版が発行されている。他の著書、共著、未刊の評論等は本名の福本義裕名義を含めて検索を。
そもそも、「制服」ってなんでエロいんだっけ?
――先日、日経新聞に掲載されたマンガ『月曜日のたわわ』広告の件がまだまだ炎上してますよね。いろいろとややこしいことになってますが、「女子高生だとわかる制服姿だった」のが原因だったとも思うんです。「女子高生」と「制服」って、やっぱり永遠のアイコンみたいなところがある気がします。
どんな制服にもエロスが隠れていますからね。昭和世代だとセーラー服が鉄板アイコンでしたから、「たわわ」の絵だと「えっ、これって私服?」と思ってしまう(笑)。エロスを感じる制服って、どんなのを思い浮かべます?
日経新聞に掲載された『月曜日のたわわ』広告 ©講談社
――そうですねえ……看護師さんとかメイドさんとか。あと、軍服も制服に入れちゃっていいんでしょうか? 女性の軍服もいいですよね。秘密警察とか。ふふふ。
「秘密警察」の制服を着てたら「秘密」がバレバレですよ(笑)。あと、キリスト教のシスターは欧米では定番のエロス・イメージです。ポルノも一杯あります。ポルノじゃないけどグッとくるのが映画『尼僧物語』のオードリー・ヘプバーンのシスター姿。
『尼僧物語』(1959年、フレッド・ジンネマン監督)のスチル
――露出が少ないのになんだかエロい! どうしてでしょうね?
「純潔」とか「処女性」を表象する制服だからですよ。清らかで神聖不可侵であればあるほど、逆に「実は中の人はエッチかも」「清らかな存在が汚されたら」とまあ色々妄想のエロスを生むわけですね。これは女子制服全般に言えることで、神父さんとか住職さんにムラムラする人はいないわけではないけど少ないですね。
――女子の中には若い住職さんに萌える人もいます。TLコミックで見かけました。
わーっ! いるんだ! それはコッチにおいときましょう。
――ふふふ、想定外でしたか?(ニヤリ)
油断できないなあ(笑)。さて女子制服に話を戻しましょう。『制服の処女』という映画がございまして。
――エッチな映画ですか!?
全然違います(笑)。古いドイツ映画で、雑に説明すると「学園を舞台にしたほのかな百合もの」です。でも、タイトルだけだと「制服」と「処女」の合わせ技ですから、思春期の中学生男子なら、むはーっ! って、ご飯三杯はいけます!
映画『制服の処女』(1931)より
――「処女」はさておき、それだけ「制服」のパワーはすごいと。
「処女」も処女厨男子がそれなりにいるので軽視できませんが……制服は要するに「一般とは差別化された一定の集団のメンバーであることを明示する衣服」。一目で所属組織と機能がわかる「標識」なんですね。
――なるほど。本来はすごく「機能的」なものなんですね。
そうそう、そこにイメージが乗っかる。軍服や警察官の制服は防衛や治安を司る権力のイメージだったりしますね。制服でないと入れない場所があるので、権威や特権や信用といったイメージもあります。
――職業によっては制服の管理、めちゃくちゃ厳重だって聞きますもんね。最近だと宅配便の制服が厳しいとか。宅配装って犯罪に使われちゃいますし。
信用というイメージを宅配ドライバーはまとっていると……ちょっと話をエロスに戻しましょうか。
――佐川男子の制服からのぞく二の腕とか普通にハァハァしませんか?
腐女子話はまた後で(笑)。エロスの鉄板、女子校制服の話をしましょう。
――お、本題に入ってきました!
女子校制服の歴史~明治時代~
歴史的にいうと、日本の女子制服の最初は明治時代の海老茶式部です。
――なんですか、それ?
色は違いますがこういうのが当時の女学生。要するに『はいからさんが通る』をイメージしてください。
明治時代のチラシ見本に描かれた海老茶式部『新版引札見本帖. 第1』
劇場版『はいからさんが通る』(2017)ポスター
基本的には「丸髷、着物、袴、革靴」みたいな感じです。制服というより「標準服」。それが1905年、女子体操服としてセーラー服の上と足首まで届くブルマーが登場。やがてスカートになって定着していった形です。「制服」としての登場は1920年の平安女学院、1921年の福岡女学校(現・福岡女学院)、金城女学校(現・金城学院)の諸説ありますが、1920年代というのは共通しています。
平安女学院のセーラー服
平安女学院中学校・高等学校公式サイトより
金城女学院のセーラー服
「<よみがえる明治のドレス・10>セーラー服 誕生から100年 原点は皇后の洋装推奨 大正期、女学生に普及」2021年8月6日付、毎日新聞より。写真は1921年撮影(金城学院所蔵)。
――なんとセーラー服100年史!
このセーラー服の原型は、大英帝国海軍の水兵さんの制服です。今でも各国の水兵さんはセーラー服。
現在の大英帝国海軍の水兵さん
photo by Anthony Symonds
それが19世紀中期に王子時代のエドワード7世の子ども服に採用されて、一気にヨーロッパを制覇! 男女を問わず子ども服の定番になりました。この絵は5歳くらいですね。
『エドワード7世』(1846年)
フランツ・ヴィンターハルター作、ROYAL COLLECTION TRUST 所蔵
――あら、かわいい!
もうちょっと大きい子だと映画『ベニスに死す』に男女共登場していますね。
映画『ベニスに死す』(1971年 ルキノ・ヴィスコンティ監督))より
――ビョルン・アンドレセン!!
こちらは1910年撮影のクィーンズランドの女子生徒です。
クィーンズランドの女子生徒(1910年)
Ivy and Bertha Richardson of Townsville, ca. 1910
State Library of Queensland 所蔵
日本でも、明治大正の中産階級以上のお子様はセーラー服。セーラー服の女学校(現在の女子中高)に通えるのはごく一部にすぎません。「お淑やか」「高嶺の花」「世間知らず」などを含め「それだけの経済力のある家庭で育ったお嬢様」イメージがありつつ「でもブルマで運動する活発さもある」とか「成り上がり者も混ざっている」みたいな意外性もあったりします。この身分と経済の格差はエロスの苗床です。
――上流の令嬢を落としたい! みたいな。
そうそう、そういう妄想を育みますね。超えられない格差を妄想で超える。でも戦前はまだまだタブー意識も強いし、そもそも「セーラー服」の絶対数が少なかったこともあり、エロスの表舞台にはあまりでてこなかった。庶民化するのは戦後で、戦後の風俗誌を見ていると「セーラー服のエロス」が登場します。駆け足でその後の変遷を語ると、60年代にはピンク映画やエロ本に、70年代にはグラフ誌、エロ劇画、にっかつロマンポルノ、80年代にAVに拡がっていったと。80年代には文学界、演劇界、美術界、写真界で「少女ブーム」が起き、さらにロリコンブームがやって来て、セーラー服は「少女」のアイコンとして活用されていきました。
ピンク映画『乱れたセーラー服』(1969年、山本晋也監督)のポスター。
本宮映画劇場@motomiyaeigeki のTwitterより
セーラー服色情飼育
可愛かずみがブレイクした、にっかつロマンポルノ『セーラー服色情飼育』(1982年、渡辺護監督)のDVD版パッケージ
――「ブルセラ」なんて言葉もありましたね。あの言葉が流行った頃から、セーラー服がエロスのイメージの一位になった印象ですが。
そうそう。流行語になりましたね。『熱烈投稿』誌(1985年創刊、少年出版)の「ブルセラ新聞」が語源です、ブルマーとセーラー服でブルセラ。
『熱烈投稿』昭和63(1988)年7月号表紙。
その後、90年代にかけて女子高生がいらなくなったブルマーとかセーラー服とかルーズソックスを「ブルセラショップ」に売ってお小遣い稼ぎをした。これが話題になってエロ好きおじさん以外にも「エロス物件」として認知が広まったのかもしれません。ここで特筆すべきは、中身を表象する記号だったはずの「制服」が、中身を離れて独り歩きし始めたってことですよ。
――中身はイラナイ!?
要は制服自体は「女子高生」という「記号」ですからね。生身なしでフェティッシュとして消費しても問題なし!
――でも、今の制服の主流はセーラー服じゃないですよね?
そうなんですよ。重要な資料として森伸行さんの『東京女子高制服図鑑』を挙げておきます。初版が出たのが1985年。制服ブームの最中で、ベストセラーになりました。これがなんと2年後の1987年版で全体の1/3を書き換えるという大改訂が行われたんですね。
森伸之『東京女子高制服図鑑』(1987年、弓立社)
――何が起きたんでしょう?
スクール・アイデンティティ、略してS・Iブームが来ちゃったんです。今はあまり使わない言葉ですが、S・Iは当時流行したC・I、コーポレット・アイデンティティの学校版でした。
――C・Iって?
C・Iは大企業も行っていて、たとえばナショナルがパナソニックに、神戸製鋼がコベルコに、旭硝子がAGCに社名を変えてイメージを刷新しました。私立校の場合、最大のイメチェンは制服だったわけですね。
1986年にS・Iを完了した嘉悦女子高等学校の制服(『東京女子高制服図鑑』より)
――じゃあ、セーラー服は飽きられたということですか?
インフレーション効果というか、流行りすぎると陳腐化しますからね。今ではブレザー系が女子高生の記号になっています。夏服は『たわわ』みたいなブラウスとスカートが多いかな。
Amazonでも買える今時の制服(コスプレ用、Mrinoyumeブランド)
メイド制服に見る格差エロ
――エロスと制服といえば、メイドさんも今やオタクカルチャーのアイコンみたいになってますよね。
ブームのピークは過ぎたかもしれませんが、秋葉原に行くとメイドさんがビラ配ってます。コスプレも多い気がしますね。日本のメイドさんは漫画やアニメやゲームでも定番キャラでオタク文化、萌え文化の象徴でもありますね。打ち合わせに使っていた喫茶店がメイド喫茶に変わっちゃって、客層が変わり「あーあ」と思ったことも(笑)。
――メイド服も海外発祥ですね。
元々は貴族や富豪の家庭内女性労働者の仕事着ですから、最初から今みたいな服装ではありませんでした。普段着にエプロン着ける程度だったみたいですね。一説では19世紀後半に英国風のメイド服が定着したそうです。その背景には「主人と召使いは衣服でもはっきりと見分けられるべき」という階級的思想がありました。メイド服がない屋敷でも、メイドキャップとか白フリルのカチューシャとかで区分していたようです。ヨーロッパの階級制度は徹底していますからね、上流階級と召使い階級では普段の言葉も違う。
ビクトリア朝時代のレディとメイド
――そもそもはすごくはっきりと「格差」を象徴する衣服なんですね、メイド服って。
家庭内労働という「機能」を果たす記号だったわけです。なのでメイドさんが辞めて、新しいメイドさんが入っても同じ名前、例えば「メアリー」と呼ばれたりとかね。で、格差があるところにエロスが生じるの法則!
――法則なんだ!?
法則です! なんでも命令を聞くのが召使いの義務ですから、エロ主人の餌食になりやすい。
フレンチ・メイド
エプロン レース フレンチメイド風 大人女性用 French Maid(ブランド: Smiffy)
これコスプレ用でAmazonで買えるのですが、悩殺系ですね。
――えっちな本でよく見るやつ!
同じメイドさんの表象でも、海外では世代によって受け止め方が違うんですよ。若いオタク、コスプレ世代は日本と変わらず「萌え萌え〜」ですが、おじさん世代は「エロエロ〜」です。日本の某漫画家が海外で「メイドさんいいよね」って言っちゃって、周囲のおじさんがドン引きしたなんて逸話もあります。「わーコイツ、特殊性癖をカムアウトしやがった!」みたいな。
欧米のおじさんたちが連想するメイドさん
French Maid Singing Telegram
欧米のオタクくんが連想するメイドさん。
Maids Moe Moe 作者はアメリカ人アーティスト、angryangryasian
――へー、面白い! でもそう考えると、メイドさんもまた日本で独自のエロスの進化を遂げた存在なのかしら。
そうだと思います。格差とか服従とかの記号性まで含めてカジュアルに受容され、独自の萌え文脈で進化した。
――このへん、セーラー服の進化にもちょっと似てる感じがしますね。日本人のエロアレンジ力凄い。でもエロというより「カワイイ化」か。
海外ではエロ系進化で超ミニ化したり、巨乳を誇張したりとかね。日本だとカワイイ系進化が強くて、シースルーセーラー服みたいな変な方向に行かなかった。
――ところで日本の「メイドさん」ブームっていつ頃からなんでしょうね?
諸説ありますが、オタク系だと中山文十郎さんの『まほろまてぃっく』が1999年連載開始。故・もりしげさんの『花右京メイド隊』が2000年。森薫さんの『エマ』が2002年スタートですね。漫画やアニメは20世紀末からゼロ年代初頭でしょうか。メイド喫茶乱立期はゼロ年代中期。オタク系のメイド漫画はカワイイだけではなくて、母性的に世話をしてくれて、癒やしてくれる存在だったりするのが面白いです。
中山文十郎/ぢたま某『まほろまてぃっく』新装版第1巻(2006年)©ワニブックス
もりしげ『花右京メイド隊』第1巻(2000年)©秋田書店
――なるほど! たしかに日本のメイドさんには「母性」を感じます。そこが独自進化ですよね。しかし本来は家庭内労働従事者であるメイドさんに甘えるって、なんだかなあ……。
富豪のお坊ちゃまは甘えたい人を選んで雇用する。財力のない人はメイド喫茶へ。
男子制服の危険なエロス
――制服って男子も着ますよね。男子制服というと軍服が代表ですね。
危険な匂いがするぞ(笑)。一番エロいのはナチ親衛隊の将校の制服ですね。怒られが発生しそうですが。
ナチ親衛隊制服
――たしかに全方位で配慮しないと危険そう!……でも真面目な話、歴史的な背景抜きに制服だけ見ると「カッコいい」と思ってしまうし、「エロい」イメージもたしかにあるんですよね。
作っていたのが、今でも人気ブランドのヒューゴ・ボスだったりとか。
――あのヒューゴ・ボスにそんな歴史が!
ナチ党員でナチ関係の制服を各種作っていました。デザインは親衛隊上級大佐で画家のカール・ディービッチとグラフィック・デザイナーのヴォルター・ヘックの合作。ちなみに戦後、社長のボスは処罰されて多額の罰金を科せられ、会社はポーランド人、フランス人に強制労働をさせていたことを訴えられて謝罪と賠償に追い込まれました。
――スタイリッシュさ=格好良さはともかく、ナチの制服につきまとう「エロさ」イメージってどこから来てるんでしょうね?
当時の「カッコいい」に、今となっては悪のエロスとか背徳のエロスが足し算されています。さらにデカダンス、退廃のイメージね。
映画『愛の嵐』(1973年、リリアーナ・カヴァーニ監督)
映画『地獄に堕ちた勇者ども』(1969年、ルキノ・ヴィスコンティ監督)
ナチのネガティブなイメージって、そのまま強力な悪役の魅力にクラスチェンジしちゃうんですよ。親衛隊の制服は黒一色に赤い腕章で差し色して、乗馬ズボンとブーツで貴族性を演出して、もうフェチ要素が一杯。しかも親衛隊は貴族かプロボーションが良い人でないと入れないので、必然的に着こなしも決まる。
――なるほど! かっちりしたスーツのスタイリッシュさもあるし、ブーツとか締めるところは締めるから体のラインもはっきり出ますものね。スーツ的な洋服自体が持つエロさと、属性のエロさとか、いろいろ複合的なんですね軍服って。
軍隊内の階級差、上下関係もBL的に美味しいですよ。士官学校の鬼軍曹が鍛えた学生がやがて上官になるのに萌える人もいるし。軍曹はいくらがんばっても将校のカッコイイ制服着られないけど、俺が鍛えてカッコイイ軍服を着せてやった的な満足があるわけ。
――そうか、同じ属性の中での階級差萌え!!
今でこそ実用性重視ですけど、軍服が制服化した17世紀以降、第一次大戦くらいまでは制服は格好良くてセクシーで目立ってナンボだったんですね。目立ったら狙い撃ちされるけど、羽根飾りつけたりとか、脚線美強調したりとか、あえて着飾っちゃう。
大英帝国ロイヤル・ホース・ガード(1847年)
大英帝国海軍ホレーショ・ネルソン提督の肖像画(ウィリアム・ビーチェイ作)
――うわー、男子ってバカですか。でもそれが女子にモテモテだったりするから今とは価値観が違いますね。
軍服は男の園のエロスですが、そこからスーツ男子萌えにもつながっていきます。カッコイイ男子服はアルファなオスの象徴ですね。
――なるほど。先生、そろそろ結論でいかがでしょう?
ではまとめますね。衣服というものは裸体を隠蔽したり変形させたりすることによって、逆に裸体を意識させます。衣服が従で中の人が主なんだけど、制服は中の人の個性が消えて記号化してしまう機能があります。
――制服を着るとみんな「女子高生」という記号になってしまう、と。
つまり制服が主になって中身は取り替えが効く存在になってしまう。リアルな身体から乖離し、制服は「フェティッシュ=呪物」として、独立した性的視線の対象になるわけですね。逆に言うと、制服は人間をより明確に呪物化するための「装置」。そう言ってしまってもいいと思います。