『エロスの科学』第4回:萌えの起源を探る

エロの大テーマに挑む

「エロい」ものがとかく規制されがちな今日このごろ。でも、そもそも「エロス」とは何でしょう? 実は私たちは、「エロス」について知っているようで知らないことが多いのでは?……そんな疑問から始まった、「エロス」について学び、紐解いてゆく連載。

これまでは、古代の「エロス」や東西の宗教がどう「エロス」に関係したかというエロスの〝歴史〟を紐解いてきました。今回はちょっと時代が飛びまして、昨今話題になることが多い「萌え絵」と「エロス」について考察したいと思います。講師は漫画評論家にして表現規制問題やいわゆる「エロマンガ」にも造詣が深い永山薫氏です。

永山 薫(ながやま・かおる)
1954年生まれ。近畿大学卒。ミニコミ誌『マンガ論争』編集長。批評家、編集者、文筆家。主著『増補エロマンガ・スタディーズ』(ちくま文庫)は英語版、中国語(繁体字)版が発行されている。他の著書、共著、未刊の評論等は本名の福本義裕名義を含めて検索を。


「萌え絵」って、そもそも何?

――最近、「萌え絵」が叩かれたり炎上するニュースをよく目にする気がします。それに関連して、SNSで「萌え絵の起源」について論争になっているのも見かけました。先生、そもそも「萌え絵」の定義って、なんなんでしょうね?

なんかねぇ、定義と言っても人によって違ってたりしますよね。その人がオタクかどうか? どの世代の話なのか? 統一理論はなくて“諸説ありますが”の世界ですよ。例えばWikipediaで「萌え絵」を検索すると、こんな子が実例として挙げられています。

Wikipe-tan
作者:Kasuga~jawiki 出典:Wikipedia

――うぃきぺタン! カワイイですね(笑)。

これを見つけた時、「Wikiさんまで萌え絵化されとるんかー!」と感心しちゃいましたよ(笑)。今は、ありとあらゆるところに「萌え絵」やそれっぽいビジュアルが散らばってますね。
「萌え絵」を使った屋外広告もあれば、町おこしや公共交通機関でもバンバン使っています。アニメ、ゲームとタイアップする場合もあれば、オリジナルキャラを立ち上げることもあります。例えば、私が撮影した鉄道関係の写真を見てください。最近では男女共同参画ということで、男子キャラも登場しています。

鉄道むすめ・近江鉄道、豊郷あかね(2013年永山薫撮影)

地下鉄に乗るっ・京都市交通局(2014年永山薫撮影)
2013年から始まった「地下鉄に乗るっ」キャンペーン。

図03-2:地下鉄に乗るっ・京都市交通局(2019年永山薫撮影)
いつの間にか男の子キャラも登場。

図04:STATION IDOL LATCH!・JR巣鴨駅(2022年永山薫撮影)
巣鴨駅は「おばあちゃんの原宿」なので、孫キャラの髙岩大智。ちなみにキャラ名の由来である髙岩寺は「とげぬき地蔵」のお寺。

 

――こういうものが拡がると、反発や批判も起きますよね? 「おっぱいが大きいのはいかがなものか」「スカートが短すぎるのは性的搾取につながる」という批判もよく見ます。「萌え絵」のエロス面を問題視されているとも言えそうです。

そういうアンチ・エロス系クレームに対して「『萌え絵』と『エロ絵』は違う。批判する側こそエロい視線で見ている」と反論する人もいますよね。

――そのあたり、実際はどうなんでしょうか?

ぶっちゃけて言いますと、「萌え絵」はエロスと関係はある。でも、そのものズバリではなくソフィストケートして、ヴェールを重ねた微妙な距離感がキモなんですよ。しかも「萌えるか/萌えないか」「エロいか/エロくないか」なんてどちらも主観。エロスな要素に反応する人、しない人、反発する人、エロスがあるとわかっていて否定する人。様々な人がいるわけですね。
極端な例ですが、〝いらすとや〟さんのフリー素材は「萌え絵」以上に拡がりまくっていますよね。正直「またかよー」と思うこともありましたが、最近では「わっ、こんな絵まであるのか」を突き抜けて「こ、これはこれで萌えるかも!?」という境地に立ち至っています。そうなると〝いらすとや〟さんも「萌え絵」と言っていいのかもしれないぞと。

――先生、境地を極め過ぎじゃないですか。大丈夫ですか?

メイド喫茶(出典:いらすとや)

私くらいの萌えの上級者になれば”いらすとや”さんにもエロスを見いだせる……かも(笑)。

「萌え絵」の原点はどこにある?

――そもそも、「萌え絵」っていつ生まれたものなんですか?

「萌え」の表象表現を遡っていくと80年代初期のロリコン漫画ブームに辿りつきます。

図06-1:『レモンピープル』1983年11月号(久保書店)
元祖ロリコン漫画誌。

図06-2:『漫画ブリッコ』1983年11月号(白夜書房)
表紙イラストはあぽ(かがみ♫あきら)、藤原カムイ、岡崎京子、桜沢えりかも執筆していた

漫画家でいえば、吾妻ひでおさんと内山亜紀さんが代表ですね。この辺りを「原点」と考えてもいいと思いますし、少なくとも“ひとつの区切り”としてはありです。ロリコン漫画では丸っこくって可愛くてエッチなキャラが人気でした。面白いことに当時、セックスシーンを描くと「○○ちゃんにひどいことしないでください」ってクレームがついたんですよ。直球エロには抵抗がありました。

図07-1:吾妻ひでお『ななこSOS完全版①』(復刊ドットコム)
こちらは一般誌連載作品でアニメ化された

図07-2:内山亜紀『あんどろトリオ完全復刻版』(太田出版)
帯に「萌えアートの始祖」とある。少年誌連載作品

――エロ漫画なのにセックスシーンにクレームがつくって、矛盾している気がします。

そもそも大塚英志さんが編集していた『漫画ブリッコ』は「男の子のための少女まんが」がテーマだったんですね。エロスはあんまり前面に出さない。ただ、商業的には「もっとエロいのが読みたーい!」ってニーズに応えた方が売れるので、ロリコン漫画界全体が徐々に過激になっていきます。そこで萌えニーズの受け皿になったのがKADOKAWAの電撃系で、そこから一般に広まっていった流れもあります。

――KADOKAWAからは『電撃萌王』という雑誌も出ていますね。

創刊20周年だそうですよ。

図08:『電撃萌王』2022年4月号(KADOKAWA)

ロリコン漫画ブームは、「カワイイの中にエロスを発見した」という意味で大きかったと思います。「カワイイは純真無垢な子どものものだからエッチはいけません」というそれまでにあった一線を、1960年生まれ以降のいわゆる“オタク世代”が超えてしまいました。カワイイとエロスを合体させた「アニパロ」はそのストレートな例ですね。そして男性オタクだけでなく、女性オタクも少年漫画の中にあるエロスに気付き、パロディ同人誌を作り出します。これが1970年代中期から80年頃です。

――その1960年代〜1980年代の先輩方の活動が、今のオタクカルチャーに繋がっているわけですね。

ただ、萌えの起源はひとつではありません。ロリコン漫画だけを見ても、アニメ、少女漫画、少年漫画、美術、写真、映画、演劇、舞踊など、様々なジャンルから流れ込んだ“萌え要素”が合流して大きな流れを作り、枝分かれして、また合流して今に至っています。

――具体的にいうと?

例えば、吾妻ひでおはSFや少女漫画を、吾妻化、萌化して採り入れました。当時の漫画家、エロ漫画家や24年組に代表される少女漫画家は、トキワ荘世代の漫画の影響を受けています。石ノ森章太郎、赤塚不二夫、少女漫画の水野英子などですね。トキワ荘世代に大きな影響を与えたのが手塚治虫です。手塚先生が「萌えの元祖」という説はかなり有力です。

――わかります。手塚キャラってカワイイし、現代の私達にもわかりやすい「萌え要素」がありますよね。

面白いのは、「元祖」なのにロリコン漫画がブームになるとライバル心をかき立てられ、「僕も描ける!」とばかりに『プライムローズ』という作品を描いています。

図09:手塚治虫『プライムローズ①』

『プライムローズ』はロリキャラの美少女剣士がヒロインのファンタジーで、残念ながらヒットはしませんでした。「手塚エロス」については別の回でいずれまとめてお話しようと思いますが、手塚作品にも様々な分野から萌え要素が流れ込んでいます。その中でも大きいのが宝塚歌劇ディズニーアニメ。

――お、タカラヅカですか?

特に初期作品。『リボンの騎士』がわかりやすいですね。手塚は幼少期を宝塚市ですごし、歌劇団のお姉さんが普通に近所にいたんですね。「手塚エロス」には両性具有的なキャラだったり、異性装が出てきたりとか根深いものがあります。

図10:『リボンの騎士 少女クラブ版』
『少女クラブ』1953〜1956年連載版。10年後にリメイク版を『なかよし』で1963〜1966年連載。

――ディズニーアニメの名前が出てきましたが、その時代のディズニーアニメにも萌え要素があったんでしょうか?

たとえば、『ピーターパン』に出てくる妖精ティンカーベルを見てみましょう。

図11:ティンカーベル
ディズニーアニメ『ピーターパン』より。

ティンカーベルのプロポーションの比率はアメリカのセックスシンボル、マリリン・モンローと同じだという説もあります。

――えー、ほんとですか!? でもモンローは萌えというよりは、どちらかというと“セクシー”な気も。

そこなんですよ。大人向けのリアルセクシーなモンローを、フィギュアサイズにミニチュア化して、お子様向けのカワイイに変換したところがポイント。子どもは「カワイイ」を感じ、同伴の大人は「エロス」を感じる。

――そういう話を聞くと、子供向けアニメが無垢な心では見られなくなりそうです。

これからは、よこしまな大人の心でも楽しめるじゃないですか(笑)。

「萌え」は言葉か? 概念か?

――話が前後しますが、「萌え」ってなんでしょうね?

結論からいうとこれまた「諸説あり」なんですよ。そもそも「萌え」という用語の定義さえふわふわしてるでしょう。80年代後半あたりから使われた言葉だと言われていますが(語源や歴史についてはWikipediaの項目を読めば大体わかるので以下省略)、定義はこっちに置いといて、「萌え」と聞いてまず浮かぶイメージはどうでしょう?

――うーん。アニメ絵っぽい、いわゆるオタクが好きな表現、という感じでしょうか……。

確かに昔はそんな感じでしたが、今は違う。アイドル萌え、ダメ男萌え、工場の夜景萌え、重機萌え……どんどん拡散し、「好き」の代わりに使ってたりもしますよね。最初は特殊だった用語が一般に浸透するに従って拡散し、ライトになっていく好例です。「オタク」もそうだったし、「推し」もやがて最初の頃の意味から薄く広く拡散していくと思います。「ルンバのパチモン推し」とかね。

――言葉自体が80年代後半から使われたとなると、「萌え」の概念も最近できたものなんでしょうか?

そうではないですよ。日本の「萌え」を考える上で、戦前の少年少女文化は外せません。特に、少女向けの雑誌のカワイイ絵が大きいかと。手塚もトキワ荘の漫画家たちも少女漫画を描いていますし、彼らが子ども時代に慣れ親しんだイラストレーターたちが作り上げた「カワイイ文化」についても触れておきたいですね。例えば雑誌『それいゆ』の中原淳一、クルミちゃんの松本かつじ。このへんは別の機会にまとめてお話したいと思いますが、とにかくカワイイんですよ。

図12:『中原淳一 四季のイラストレーション』(立東舎)

――こういう「カワイイ絵」を、男性のイラストレーターが描いていたというのが面白いですね。

男性目線の「カワイイ」や「美しい」だったことも、大きなポイントですね。男性イラストレーターが女性のために描く。そこでは「女性向けだから」という意識が働いて、エロスそのものの表現は自制し、抑圧します。その抑圧され、隠蔽されたところにエロスが滲み出るんですね。

――うーん、そうですかね!? 普通にカワイイと思いますけど。

「カワイイにはエロスが隠れている」が私の持論ですので。エロスを感じたかどうかは別として、彼らのイラストには少女たちが熱狂しました。この構図は高畠華宵、もっと遡ると竹久夢二にまで遡れます。今の萌え絵と直結するわけではありませんが、戦前に定着した「カワイイ」が戦後さらに発展し、漫画に流れ込んで後の萌えを用意したと思います。戦後の少女漫画にまで大きな影響を与えたのが、吉屋信子の小説ですね。内容は、今でいえば”百合小説”。

図13:吉屋信子『花物語』

――百合は戦前からあった! 百合の起源まで出てきましたが、お話を伺っている内になんだか「起源萌え」みたいな感覚になってきました(笑)。

起源萌え! それいいですね。探っていくと、起源というのは無数にありますから。例えば少女漫画も「萌え」の源流のひとつですが、少女漫画の起源は少女雑誌だけじゃないし、24年組世代になると西洋絵画、アルフォンス・ミュシャアールヌーボーラファエロ前派のスタイルを引用したりしているので、そちらも遡りたくなりますからね。

――話を戻すと、カワイイのなかにはエロスがある。このエロスの「発見」そのものが「萌え」だということですね?

その通りです。カワイイという美意識がまずあって、その美意識の中に隠れていたエロス成分を発見し、「萌え」という新たな価値観が生み出されたと考えています。

――そもそも日本人はずっと「萌え」てきた民族かもしれませんね。なんか昔からカワイイものが好きじゃないですか。

それは言えますね。清少納言の『枕草子』に「うつくしきもの」という章があります。当時の言葉の「うつくしい」は、「かわいい」つまり「愛すべきもの」という意味だったんですよ。原文や現代語訳はネットにも上がっていますので一度読んで欲しいのですが、もう、ちっちゃい子どもがカワイイ、チュッチュッと鳴き真似したら寄ってくるスズメがカワイイ、寝ちゃった赤ちゃんがカワイイ、ちいさいものは全部カワイイと書いています。

――清少納言はちっちゃいもの萌えだった!

ぼくなんか、萌えてる清少納言に萌えますよ。

――でも、千年前に「萌え」があったとしても、第一回からの内容をふまえるとエロス要素発見以前の「萌え」ですよね。

それはそうですが、同時代の『源氏物語』はロリコンやネトラレまであるエロスな世界ですから。王朝文化を舐めてはいけません(笑)。

――あはは。千年前はともかく、この先はどうなんしょうか? 今はエロいと叩かれている「萌え絵」の表現も、いずれは変化していくんですかね?

当然、変化していきますね。実際、初期の「萌え絵」を見て今の若い人たちが“萌え”るかどうかわかりません。「単に古くさいだけじゃん」って思うかもしれませんし、いつかは一周回って、ぼくら世代が“萌え”だと思ってみなかったビジュアルが「萌え絵」として再発見されるかもしれませんね。

▶「エロスの科学」いままでの研究一覧

談・永山薫 Twitter:@Kaworu911  HP:manronweb.com 取材:ケムール・エロス取材班

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