『エロスの科学』第1回:ヴィレンドルフのヴィーナス

画像出典:Wikipedia commons

「エロ」をめぐる問題

青少年保護育成条例、有害図書、非実在青少年。なんだかワカラン自主規制。コロナ禍になってからSNSでも”ポルノ判定”なんて言葉はますますおなじみになってきて、「エロい」ものがとかく規制されがちな今日このごろ。
もちろん、スケベなものをなんでもかんでも許せというのではありません。でも、そもそも「エロ」の語源となった「エロス」って何のことだっけ? 実は私たちは、「エロス」について知っているようで知らないことが多いのではないか……そんな疑問から始まった新連載。
講師は漫画評論家にして表現規制問題やいわゆる「エロマンガ」にも造詣が深い永山薫氏です。
それではさっそく「エロス」の奥深い世界を永山先生から学んでいきましょう!

永山 薫(ながやま・かおる)
1954年生まれ。近畿大学卒。ミニコミ誌『マンガ論争』編集長。批評家、編集者、文筆家。主著『増補エロマンガ・スタディーズ』(ちくま文庫)は英語版、中国語(繁体字)版が発行されている。他の著書、共著、未刊の評論等は本名の福本義裕名義を含めて検索を。


FaceBookが旧石器時代の遺物を「検閲」しちゃった?

――タイトル通り「エロス」を「科学していこう」という連載です。第一回目にふさわしいのはどんな題材でしょうね、先生?

初回はエロスの原点まで遡って「ヴィレンドルフのヴィーナス事件」を取り上げましょう。

参考▶『3万年前の裸婦像がポルノ? 検閲で削除したFacebookが謝罪』(2018年3月2日付HUFFPOST、安藤健二)

「ヴィレンドルフのヴィーナス」(Venus of Willendorf)は紀元前2万8000年から2万5000年前に作られたとされる高さ11㎝くらいの小像で、ウィーン自然史博物館に収蔵されています。2017年、この小像の写真をイタリアのアーティストがFacebook(以下・FB)に投稿したところ「ポルノ」だとしてBANされちゃったんですね。

出典:Wikipedia Photo/2004、de:Benutzer:Plp at the Naturhistorisches Museum Wien/CC BY-SA 3.0

――ポルノだと思われて検閲されちゃったと。すいません、素朴な疑問なんですが……これ、どう見てもポルノではないですよね?

FB的にはポルノ(笑)。
当然、投稿者と博物館からも抗議と批判があって、FBが謝罪するハメになったわけです。この事件の注目点は二つあります。一つ目は、人類は有史以前の大昔から、裸体像、しかも3Dで作っていたんかい! という点ですね。自著『エロマンガ・スタディーズ』では「エロ漫画の歴史は洞窟絵画にまで遡れるんやで」みたいなことを書いたわけですが、石器時代の洞窟絵画や立体造形に見られる裸体や性器や性行為の表現についてはジョルジュ・バタイユが『エロスの涙』(ちくま学芸文庫)で幾つも実例を挙げています。

――素朴な疑問がまた……あの、旧石器時代とかだとそもそもみんなまともな服とか着てなさそうなイメージなんですが。洞窟絵画に描かれた女性像も「エロい」んでしょうか?

うっ! 痛いところを突いてきましたね(笑)。
確かに全員裸だったらエロでもなんでもないです。そもそも「裸=エロ」という概念自体が文化の産物ですから。石器時代人の感じる「エロ」と、現代人の感じる「エロ」との間にはかなりの違いがあるでしょう。なので、その点については肯定も否定もしません。あくまでも仮定の域を出ないけど共通点も多いだろう「エロ」物件として話を進めさせてください、話が終わっちゃうから(笑)。

――わかりました! しかしこのヴィーナス、現代の視点から見てもかなりのデフォルメっぷりですよね。

似たような小像は他にも出土していますが、デフォルメが強いですね。

――この時代の女性像はたいてい胸とお尻が大きい感じなんでしょうか?

どうですかね、こちらは新石器時代の縄文土偶です。おっぱい小さくて、お尻が大きい。国宝なんですよ。

出典:Wikipedia 縄文のヴィーナス Photo/2012、琢磨佐/CC BY-SA 3.0

――これは日本で出土しているものなんですよね? おっぱい派閥は時代と土地によりけりだけど、お尻派は不変と。

統計取ってませんが、あまりスレンダーな像は見当たりませんね。洞窟絵画では棒人間に印みたいなおっぱいやおちんちんを加えて男女を表現しているパターンがありますが。

出典:odatv4.com  インドネシア・ボルネオ島の洞窟絵画(紀元前13600年頃とされる)

――これまたスレンダーすぎる表現が出てきました!

棒人間も面白いんですよ。象徴表現とか記号表現が石器時代からあったというわけですから。
古代ギリシアになるとおっぱいいっぱいつけちゃったりします(笑)。ただ、古代ギリシャあたりまでくると神話という形で「宗教性」がはっきり出てきます。「エロス」と「信仰」は密接な関係があります。

そもそも「エロス」って何?

――「エロス」という言葉自体が確かギリシャ神話が由来ですよね。

そうそう。エロース、性愛の神の名前です。ローマ神話のクピド。英語読みのキューピッドです。面白いのは翼を持った青年像だったのが少年像になり、幼児になり、最後はキューピーさんになって中に愛ならぬマヨネーズが詰まっている(笑)。

出典:Wikipedia エロース彫像、ナポリ国立考古博物館蔵 Photo/Haiduc

――個人的なイメージですが、ギリシャ神話ってえらくセックスがらみの話が多かった印象です。

同性愛、近親相姦、獣姦、強姦なんでもありです。
『古事記』にも色々と出てきますよね。神話が語られ始めた時代とそれ以前の時代を結ぶ線は途切れているので、補助線を引いて「太古の時代でもそうだった……かもしれない」ということはできると思いますね。

――そう考えると、今でこそセックス=タブーみたいなイメージが強いですけど、太古はもっと生活の中で重要なものだったのかもしれませんね。

タブー視される以前の時代だったのかもしれませんね。聖と性が分離されていない時代。
ヴィレンドルフのヴィーナスにも諸説があって、大地母神信仰だ、いやポルノだ、性具だ、お守り(ちっちゃいので携帯可能)だの、「なんでも言えちゃう」わけです。「ヴィーナス」という呼び方自体「信仰」のバイアスがかかるから良くないという異論もあったりします。

――宗教と性、エロスの関係も興味深いですね。でも先生、そこまで踏み込むと今回は話が広がりすぎる気がします!

キリスト教も仏教もエロい表象多過ぎですからねえ。ではこれは次回以降ということで。

「いやらしい」を判断するのは難しい!?

――では話を戻して。神話でも聖書でもフリーダムに性は語られているし、石器時代から裸体表現は普通にあったのに、なぜかFBのAIはあのヴィーナスを「検閲」してしまったと。

そこが第2の注目点です。検閲するAIの理屈がわからない。
よく言われる例ですが、インターネットが普及し始めた頃、エロ画像を排除するアルゴリズムに「画面における肌色率」を採用したというどこまでホントなのか伝説なのかわからない話がありました。結果として「おすもうさん」の写真が大量にヒットしたんだと(笑)。

――たしかに、おすもうさんは下半身だけ隠してる!(笑)。そう考えるとポルノ画像検閲のアルゴリズムって大変そうですね。技術者の方お疲れ様です。

中国・テンセント社のAIによる、大相撲の画像判定。上記の画像では「性感(セクシー)」と判定されてしまった 出典:tamakino.hatenablog.com

技術者もAIが何をやらかすかわからないんじゃないですかね。ちょっと前の話ですがFBの「男の乳首はセーフで女の乳首はBAN」という基準がバレて欧米のフェミニストに抗議されたこともあります。かなりハードル高く設定しているみたいですね。全世界共通のルールを作るしかないですから「女性の乳首はアウト」「この単語はダメ」みたいな独自基準をAIに投げると、AI独自の判断が始まっちゃう。それで、その判断に異論がおきなければ「これでいい」と学習してしまう。
今回のような、FBに言わせれば「設定された例外」から外れる事件が起きてしまう。

――この検閲は「いやらしいもの」を排除するためのものですよね。AIは「いやらしいか否か」を判断できるんでしょうか?

人間的な意味での「いやらしい」ではなく「諸条件」を総合した論理的演算で「これはポルノです」と判断しているんだと思います。
単に「おっぱいや性器が表現されているか?」だけではなく、様々な条件を加えているのでしょうが、FBの中の人たちの思想は反映されていることになります。そもそも論でいえば、何がエロいか、ワイセツか、多くの人に見せるべきではないかの基準は人によっても環境によっても非常に曖昧なので、インプットとアウトプットの間で確実にバグが出ますよね。

――そう考えると、先の「ヴィレンドルフのヴィーナス」は「太古のものだからいやらしくない」という判断は果たして正しいのかしら? という考えも湧いてきますね。

そこですね。「太古のものだけどいやらしい」と感じる人がいても不思議ではないです。博物館や美術館や学者が「古くて、貴重で、芸術品で、いいものだ」と権威付けても「だっていやらしいよ」と感じることを禁止できません。それは内心の自由ですから。ぼくは「いやらしくてもいいじゃん」というアバウトな人間なので石器時代のポルノだろうが、おちんちんの形をした彫刻だろうが、何だろうがBANすることはないと思いますよ。そんなことで被害を受ける人なんかいませんし。

――ヴィレンドルフのヴィーナスで「むはーっ!」となっちゃう猛者もいるかも(笑)。

太古の人類が「エロい」と感じたかもしれないヴィーナス像を、AIが「ポルノ」判定しちゃったのは、「ある意味、正しい判断だったのかも」と考えると、妙なおかしさがありますね。利口になりすぎて先祖返りしちゃったのか(笑)。

 

▶「エロスの科学」いままでの研究一覧

談・永山薫 Twitter:@Kaworu911  HP:manronweb.com 取材:ケムール・エロス取材班

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